【仕事どうする? 女の流儀(1)】出産、育児…「働き続ける意味は?」 男女雇用機会均等法の旗手、戦った30年(1/3ページ) - 産経ニュース

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仕事どうする? 女の流儀(1)

出産、育児…「働き続ける意味は?」 男女雇用機会均等法の旗手、戦った30年

女性の年代別労働力率
女性の年代別労働力率

 働く女性の前には結婚、出産、育児、介護といった人生の節目の出来事が難題となって立ちはだかる。日本が人手不足に陥り、政府が女性の労働力活用へ旗を振る中、女性が働き続けることの難しさや意義を、ライフイベントに沿いながら考える。

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 男女雇用機会均等法が施行された昭和61年、新潟の大学から就職活動に臨んだ有明三樹子(52)は、思わぬ不条理に直面した。同じゼミの男子学生たちが夏の就職活動解禁前に東京の企業を訪問しているのに、女子は企業が相手にしてくれない。しびれを切らして上京した有明は、大手証券会社の人事担当者の言葉に現実を突きつけられた。

 「一般職の女性は片道90分以内の実家から通勤するのが条件なんです」

 有明は秋田県出身で、実家から東京のオフィスには通えない。そこで人事担当者には「都内の叔父の家から通います」と交渉した。20代前半の有明がついた目いっぱいの嘘。そして何とか特別待遇で内定を得た。しかし、良心の呵責にさいなまれ、内定後の面談では「本当はアパートから通う」と話してしまった。すると人事担当者の顔色が一変した。

 「女性の1人暮らしは認められません。考え直してください」

 実家の母は「責任を持って娘を管理します」と手紙を書き、親子で会社に謝って許しを得た。有明は思った。

 「小学校から大学まで男性と同じように勉強してきたのに、社会人になる時には会社の受け入れ方が全然違う。急に男女の差がつけられるのはどうして?」