転覆したカヤック。その傍らに身動きの取れない男性が浮いていた。東京都小笠原村父島沖200〜300メートル。3月にしては肌寒かったため、福島章3等陸佐は「水も冷たいし、体が固まって動けなくなったんだろう」と考えた。
不発弾処理の任務を終え、一緒に戦跡研修に来ていた中森勇2等陸尉、町島直樹陸曹長(現第6後方支援連隊第1整備大隊)、増田雄介3等陸曹の3人と協力して男性を小型船に引き上げた。
衰弱して声も出ない状態だった男性にビニールシートをかぶせて体をさすったり、声をかけたりしているうちに少しずつ会話ができるようになった。港で救急隊に引き継ぎ、男性は事なきを得た。福島3等陸佐は「『自衛官なので人を助けなければ』ということしか頭になかった」と当時を振り返る。
4人は不発弾処理隊として24時間365日、年間約350件あるという不発弾発見の通報に備えてきた。道路工事中に発見された500ポンド爆弾、新幹線の車両工場から発見された艦砲弾…。多種多様な不発弾を適切に処理し、国民の安全を守る。人命救助も根本は変わらない。
「日頃から人を助けるという意識がなければ、難しい判断がすぐにできない」と福島3等陸佐。「不発弾処理隊は365日緊張感を持って仕事をする。ああいう場面ですぐに動けなくてはならない」との信念を強く持ち、日々生活している。(川上響)