「俺の顔、覚えてないの」
女性はなおも首をかしげている。
「横浜の渡辺だけど」
離れたところにいた夫とみられる男性が近づいてきた。
「何か言うことないのかよ」
「冗談じゃないぞ」
娘を惨殺された親として許せなかった。すでに民事裁判では5510万円の賠償命令が確定している。それなのに、1円とて支払われていない。おまけに謝罪の言葉も何もないのだ。
「弁護士に頼んであるから」
ボソボソと父親は答えた。
「じゃあ、電話しろよ」
奥に入ると、東京の弁護士に電話をしている声が聞こえた。
「弁護士が『こちらに任せてくれ』と言ってるから」
「本当にうちのせがれがやったかどうか、分からない」
とりつく島がなかった。渡辺さんの心は虚しさで一杯になった。