■今後の教育の質向上に提言
前回に引き続き、14年にわたり横浜市の教育委員・委員長を務め、今春退任した今田忠彦氏(73)に、中学の歴史・公民教科書に育鵬社の教科書を採択した際の思いや、今後の教育体制への提言などについて聞いた。(那須慎一)
横浜市教育委員会は平成21年8月に、22年度から市立中学校で使用する歴史教科書について「新しい歴史教科書をつくる会」(藤岡信勝会長)が執筆の中心となった自由社版を市内の18区中、8区で全国で初めて採択。歴史観をめぐり自由社や育鵬社教科書の不採択を求める運動が過熱する中、23年にはいずれも育鵬社の歴史・公民教科書を採択した。
--教科書採択で重要な点は
「教科書採択で、審議会の答申を尊重して一生懸命読み込んでも、見えない論議はある。そこで具体的な項目ごとに教科書の記載内容を比較することで、教育基本法改正で求められていることがどう教科書に盛り込まれているか否かが分かる。意識が高い委員たちが努力したことで採択に結びついた」
--育鵬社教科書の評価できる点は
「日露戦争にしても東京裁判にしても日本の近現代史における大事件で、本来はある程度のスペースがないと伝わらない。当時の国民が命がけで生き残りをかけて戦った。誇りをかけた。そうした興奮が伝わってくることが歴史教科書では重要になる。また、日本の勝利の影響が、アジアやアフリカ諸国の独立に大きな影響を与えた。そういう事柄はぜひ書いてほしいのだが、書こうとすると一定のスペースが必要になる。教科書を比較してみると、絶対評価と相対評価というものがあるが、絶対評価はできても、関連する部分を読み比べないと相対評価はできない。改正教育基本法で『愛国心』が入っていることなどを、どういう視点で読んだかが大いに疑問だ。いくつかの項目について内容・分量を比較し、自信をもって取り組んでいったが、一部の団体やメディアで厳しい指摘を受けた」
--今も育鵬社教科書を問題視する意見が根強く残るが
「一つは、歴史的事実ではなく、政治的事実にされてしまっているからではないか。米国は対日占領方針で、日本を再び米国に歯向かうことのないような国にしようと考えて『罪意識扶植計画』を立て、さまざまな厳しい言論統制、検閲を実施し、一方で当時軍人が横暴だったこともあり、日本は侵略国家だったと位置づけて、ゴールデンアワーにラジオなどで『真相はこうだ』と徹底的に米国流の正義を伝えた。6年半の占領期間中、多くの日本国民が、それが正しいと慣らされてしまった」
--それが今も続いていると
「そう。その教育を日教組が引き継ぎ、教科書を通じて自分たちの主張を実現しようとする勢力が、戦後長く活動してきて、今も活動している。その結果として元気のない若者、自国の歴史に関心や誇りを持てない若者が多くなった。もちろん日本が全て正しかったわけではないが、先に欧米のアジア侵略があり、そうした帝国主義に対して半人前の日本が、唯一の有色人種として欧米に立ち向かうために中国大陸や朝鮮半島に向かい自分たちの国を守ろうとした。戦前の日本はそんなに悪い人たちばかりだったのではなかったということを、歴史の事実に照らしてしっかり学び直すことで、自国の歴史を学ぶ意欲をかき立てるきっかけの一助になればというのが私の思いだ」
--今後の日本の教育に重要な点は
「教育の質向上には、優秀な若者が教師を志すような魅力ある学校現場にしなければならない。また、教育基本法が改正されたが、意識はそんなに簡単には浸透していかない。戦後続いてきた『戦前は全て悪』という極端な自虐史観教育、行きすぎた平等主義教育を反省し、日本的な良さの再確認をすべきで、かつ緩やかな競争原理も必要だ」
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【プロフィル】今田忠彦
いまだ・ただひこ 昭和18年生まれの73歳。東北大学法学部卒。44年7月に横浜市入庁。中田宏前市長在任中の平成15年4月に教育委員に就任。18年7月、教育委員長に就任(27年3月まで)。委員長在任中の21年8月、市内8区の中学校歴史教科書に自由社を採択(他の委員とともに)。22年4月の方面別学校教育事務所開設に尽力。23年8月、中学歴史・公民教科書に育鵬社を採択(同)。29年4月1日、14年務めた教育委員を退任。