浪速風

「壁抜け」をやってのけた桐生選手 次々と「10秒の壁」突破しそうな層の厚さが頼もしい

1964年の東京五輪の陸上男子100メートルで優勝したボブ・ヘイズ(米国)を、三島由紀夫は「空間の壁抜けをやってのけた」と表現した。「何が起こったか、私にはもうわからない。紺のシャツに漆黒の体のヘイズは、さっきたしかにスタート・ラインにいたが、今はもうテープを切って彼方にいる」

▶88年のソウル五輪で似たような体験をした。スタンドが一瞬静寂に包まれ、号砲とともに観客のほぼ全員が立ち上がって歓声を上げる。疾風が駆け抜けたことしか覚えていない。ベン・ジョンソン(カナダ)の9秒79という驚異的な世界記録に興奮したが、ドーピングで取り消された。

▶最速を競う歴史には、数々のドラマがあった。日本人がついに「壁抜け」をやってのけた。桐生祥秀(よしひで)選手の9秒98は世界レベルに一歩近づいたものの、ウサイン・ボルト(ジャマイカ)の9秒58は、はるか高みである。が、これで次々に10秒の壁を突破しそうな層の厚さが頼もしい。