浪速風

♪ふり返るには まだ若い

「短編の名手」と呼ばれた永井龍男に「一個」という作品がある。主人公は、柱時計の音が耳について眠れないサラリーマンで、定年の日が近い。歩くことのない駅までの道、加わることのない駅の雑踏などを想像すると、ますます目がさえる。柱時計を止め、睡眠薬を飲んだ翌朝…。

▶男性の平均寿命は81歳だから、定年を迎える頃は人生の9月であろう。永井はこうも書いた。「九月に入ってからのある日、私は身辺を振り返る。若い時も老いたいまもそうである。四季の変化にめぐまれた島国の人間の生理が、おのずとそうさせるのである」。振り返るのは、ちょっと後になるかもしれない。

▶国家公務員の定年が、現在の60歳から段階的に65歳に引き上げられるという。民間でも65歳定年を検討する企業が増えている。年金支給開始に合わせるのが狙いだが、まだまだ働ける。小欄も定年を過ぎたが、こうして原稿を書かせてもらっている。幸い眠れない夜はない。