自作再訪

森山大道さん『写真よさようなら』 この世界のペラペラな表面だけを撮り続ける

 何やっていいかわかんなくなったんだ。写真の解体ってことを考えて作ったけど、自分が解体しちゃったわけ(笑)。何を撮っても、自分の写真と自分が肉離れしてる感じ。それで桜だとか日本三景だとかの風景を暗く黒く焼いてみたりね。自分の中の日本的心性みたいなところに寄っていったんだね、きっと。評判は良かったけど、それもすぐつまんなくなって。一時期は写真撮らなくなって、行ったり来たりしてたね。

 1冊って言われたらこれだっていうのは、いまだに僕の中でくすぶってるのは同じようなことだから。素朴な疑問がいくつかあるじゃない。写真って何だろうとか、確かだと思えるものほど危ういとか、そういう感覚は一緒なんだよ。いっぱい写真を撮ったから歳をとったからって、わかるものでも解消されるものでもない。そういう意味ではあんまり変わってないよね。

 僕は自分の表現ということをあまり考えない。僕の記憶とか体質とかが一枚一枚に投影されてはいるんだろうけれど、表現という意識は希薄だね。写真は、どうしたってコピー(複製)でしかない。表面しか写らない。この世界のペラペラな表面だけを撮り続ける。外界からの刺激を受け止めてひたすらコピーする、それが写真と僕とのスタンス。