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地上20メートル、さらば「天空の駅」 三江線・宇都井駅…最後の夏 来春に廃線

つながった北と南

 三江線は戦前から江津、三次双方を起点に建設され、昭和38年には江津-浜原間が三江北線、三次-口羽間が三江南線と呼ばれる状況となった。空白区間として残っていた浜原-口羽間が完成し、三江線全線開通となったのが50年8月。国鉄時代に北線、南線でそれぞれ部分開通し、全線開通を待ったケースは福井県の越美北線、岐阜県の越美南線、北海道の興浜北線、興浜南線があるが、どちらもつながることはなかった。「越美線」は越美南線が第3セクターの長良川鉄道になり、「興浜線」は60年に廃止。北と南がつながった三江線はラッキーなケースだったといえる。

 宇都井駅を含む浜原-口羽間の完成が比較的遅かったことが「天空の駅」誕生の要因だ。かつて線路は遠回りになろうとも、地形に沿って敷かれる場合が多かったが、この区間は川の流れも山の形もほぼ無視し、直線で建設されている。トンネルや鉄橋の技術が進歩したからで、もし戦前や戦後の間もないころに宇都井の集落に駅を作ったなら、トンネルの間の高架に建設という考えには至らなかっただろう。

全国有数の過疎路線

 昨年9月、JR西日本は三江線を平成30年4月1日付で廃止することを国土交通大臣に届け出た。理由はやはり利用者の減少だ。1日1キロ当たりの利用客数を示す「輸送密度」という数字があるが、三江線の27年度の数字はわずか58人だ。JRに移行した昭和62年度は458人。いかに利用者数が減少したかがわかる。昨年12月に廃線となったJR北海道の留萌線(留萌-増毛、平成27年度)でさえ67人。三江線は全国有数の過疎路線なのだ。

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