集団自決の悲劇後世に 豊岡・但東町で満州開拓団を追悼

集団自決の悲劇後世に 豊岡・但東町で満州開拓団を追悼
集団自決の悲劇後世に 豊岡・但東町で満州開拓団を追悼
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 旧満州(中国東北部)に入植し、終戦直後、集団自決した旧高橋村(豊岡市但東町)の開拓団を追悼し、歴史を語り継ぐ集会が17日、同町久畑の高橋地区公民館で開かれた。現地を訪れた遺族男性は講演で「後世に伝えるべき悲劇」と強調。慰霊祭も行われ、恒久平和を祈る思いが広がった。

 国策により、同開拓団は昭和19年、103世帯476人が「第13次大兵庫開拓団」として蘭西県北安村に入植。終戦直前に中立条約を破棄した旧ソ連軍の侵攻などで逃避行の末、384人が20年8月17日、開拓地のホラン河に集団入水し、298人が死亡した。

 この日の集会は、父親が開拓団員だった石田拓男さん(68)=明石市=らが今年6月末に訪ねた入植地の現在を報告。今はトウモロコシ畑となった遺骨が眠る地に合掌したという。団員らが同河に飛び込んだ丘の上に立ち、「シベリア抑留から帰国した父は生前、開拓団については何も語らなかったが、私にいつか中国に行くことになると言っていた意味がわかった」と石田さん。「風化させないよう子や孫に伝えてほしい、ということを」と思いを込めて話した。

 これに先立ち、近くの一宮神社で慰霊祭があり、参列者は殉難者之碑に手を合わせた。主催した同開拓団遺族会の石坪馨会長(88)は戦後の21年10月に帰郷後、目の当たりにした開拓団の最期を長く心にしまっていたといい、「平和な世界が続くようみんなが助け合わないといけない」と静かに語った。

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