【正論・戦後72年に思う】戦後初めて日本は、米国追随でなく自らの意思で将来を構想しなければならない岐路に立たされた 京都大学名誉教授・佐伯啓思(2/4ページ) - 産経ニュース

メインコンテンツ

正論・戦後72年に思う

戦後初めて日本は、米国追随でなく自らの意思で将来を構想しなければならない岐路に立たされた 京都大学名誉教授・佐伯啓思

 52年の講和条約締結にさいして米国による憲法改正の打診を拒否して、平和憲法の維持と対米従属と経済第一主義を採用した吉田茂首相の選択から戦後は始まった。いわゆる吉田ドクトリンと呼ばれる軽武装・経済中心路線である。

≪われわれは何かを選択したか≫

 もっとも戦後にもいくつかの段階があり、それぞれの時点での選択肢があった。第1段階は、高度成長とその終焉(しゅうえん)である。70年代の初頭はまた、ベトナム戦争やブレトンウッズ体制の崩壊にみられる米国の凋落(ちょうらく)、世界的に石油ショックもあり環境や希少資源が問題とされた時代でもあった。日本でも高度成長は終わりをつげ、その象徴である田中角栄氏が失脚した。

 第2段階は、混乱の70年代を経て、日米間の緊密な経済協力へと行きつき、バブルに踊った80年代である。この虚飾の宴は90年代の初頭に終わる。それはまた、世界的にみて冷戦の終結であり、グローバリズムの始まりでもあった。

 第3段階は、米国主導のグローバリズムとIT革命、それに金融中心経済に翻弄された90年代から2000年代にかけてである。