稲田朋美防衛相辞任

首相の情けが将来の芽も摘んだ 何度も更迭の機会ありながら逸した

 だが、力量不足は明らかで農協改革など重要政策では立ち往生した。最後は首相や二階俊博総務会長(当時)に泣きつくことが多く、党内の信望を失った。財政政策では財務省のシナリオ通りに動くことが多く、甘利明経済再生担当相(当時)らを怒らせた。

 稲田氏の風評は首相の耳にも届き、首相は政調会長交代を決断するが、28年8月の内閣改造では防衛相に起用した。周囲は反対したが、首相は「彼女に安保・防衛を学ばせたい」と耳を貸さなかったという。

 防衛政策に疎い稲田氏は野党の格好の標的となった。8月15日の全国戦没者追悼式に欠席したことを民進党の辻元清美衆院議員に批判され、涙ぐんだこともある。昨年暮れには、安倍首相の米ハワイ・真珠湾慰霊に同行した直後に靖国神社を参拝し、周囲を困惑させた。

 学校法人「森友学園」の問題では、代理人として訴訟に出廷したことが分かり、国会が紛糾。南スーダン国連平和維持活動(PKO)の日報問題に関する答弁でも失点を重ねた。