埼玉少女誘拐

「2年間を返してくれ」「守ってあげられなかった自分を責めた」被害少女の両親が法廷で意見陳述 

全国手配…縮小される捜索

 全国手配の話を聞いたのはいなくなって3日後のことでした。全国手配するに当たって、命の危険があることを伝えられました。公開しなければ情報が集まらない。しかし命の保証はない。誤った判断で娘が殺されるかもしれないと私たちは悩みました。(公開捜査へと切り替えて)5日後、消印が上尾の手紙が来ました。少なくともこれを書いた時点では娘は生きている(と分かりました)。

 公開に切り替えればすぐに発見されると思っていましたが、なかなか見つからず、捜索の規模は縮小されていきました。毎日のように来ていた担当刑事も来なくなった。私たちは警察に捨てられたんだと絶望した。出口のないトンネルにほうり込まれたような気分でした。

心身ともにぼろぼろに…経済的にも圧迫

 自分たちで娘を助けるしかない(と思い)最初はチラシを配布しました。受け取ってくれる人はまばらでした。追い打ちをかけるように親が厳しいから家出をしたという根も葉もない噂が流れました。途方に暮れました。

 娘が家出するはずもない。生きる気力をなくし、私たちには味方はいないのか、と心身ともにぼろぼろになりました。