産経抄

7月23日

 作家の吉川英治は横綱双葉山と親交があった。座を共にした酒宴で、黙然と杯をなめる横綱に想を得た句がある。〈江戸中で一人さみしき勝角力(かちずもう)〉。歴代最多の69連勝を誇るなど「角聖」と呼ばれた人も、横顔に差す孤影の色は深かったのだろう。

 ▼平成の横綱白鵬も、孤独な日々によって磨かれた人である。入門時の線は細く、稽古場で兄弟子にはね飛ばされ、使い走りにこき使われた。父はモンゴル相撲の元横綱、血を引く自分が無名のまま朽ちては家名に傷がつく。「父の立場を考えると、帰れなかった」。

 ▼まだ三役だった頃、白鵬青年の漏らした懐旧譚(たん)が手元の取材メモにある。いま思えば、その背中は多くのものを背負うようにできていたのだろう。平成23年の八百長問題で地に落ちた相撲人気を立て直し、自らが高い壁となって稀勢の里ら後進の横綱を育てもした。

 ▼白鵬の私淑する双葉山が自著に書いている。「追い越そうとする努力よりも、追い越されまいとする努力の方が、はるかに難しい」。どれほど強い力士も1日に1勝しかできない。白鵬の到達した史上1位の勝利数が教えるのは、日々刻み続ける一歩の重みだろう。

 ▼失礼を承知で言えば、横綱にそぐわぬ立ち合いの張り差しや興趣を削(そ)ぐ感情むき出しの張り手は、この先の土俵には必要あるまい。日本に帰化する意向とも聞く。部屋を構え、弟子を育てる日もやがて来よう。正しい相撲道の伝承者となることを願うばかりである。

 ▼1千勝を挙げた日、次の目標を問う声に「まずは1001勝」と答え、史上1位に立った日も「相撲は奥が深い」と嘆息した横綱だった。世の賛辞に浮き立つことなく次の一歩を踏みしめていよう。道は足下にあり。双葉山が好んだ言葉である。