浪速風

「真っ暗」だったわけではない、戦前も楽しい夏休みがあった

終業式の後、夏休みの予定を話す児童ら =20日午前、大阪市淀川区・市立十三小学校(柿平博文撮影)
終業式の後、夏休みの予定を話す児童ら =20日午前、大阪市淀川区・市立十三小学校(柿平博文撮影)

田辺聖子さんは小学生の頃、夏休みに家族と六甲山の貸別荘に出かけた。当時も大阪の暑熱は耐え難く、「故郷を持たぬ都会(まち)っ子」の避暑だった。いとこたちもやって来て、「虫捕り、花摘み、花火大会。『夏休み宿題帳』は白いまま日は流れてゆく。なんとも楽しかった日々」。

▶「田辺写真館が見た昭和」(文芸春秋)に写真が載っている。六甲山は、神戸に住んだ英国人実業家、アーサー・ヘスケス・グルームによって開発された。別荘を建て、わが国初のゴルフ場を造成し、やがて山頂には植物園や遊園地もできた。避暑という文化が関西に根付いた。

▶夏は昭和の二つの顔を浮かび上がらせる。一つは言うまでもなく戦争である。が、そこに至る時代が真っ暗だったわけではない。「戦前も、ハイカラで、贅沢で、それぞれの境遇に応じて、人々は人生を楽しんでいたことを知ってほしい」。今日は終業式で、登校する児童に幼い田辺さんと同じ笑顔を見た。