夢を追う

サッカー指導者・小嶺忠敏さん(1)日本一のチームのつくり方

《平成12年に国見高校校長に就任するまで、足かけ32年間、教壇に立った》

社会科の教諭でした。授業開始の3分前には教室のそばに立ち、チャイムが鳴った瞬間、教室に入ります。授業終了の合図が鳴ると、たとえ授業内容が途中であっても、ぱっと終わるようにしました。

「1日24時間、誰にでも平等に与えられている。時間は大切にしなさい」。生徒には日頃から、こう教えました。

また、サッカー以前に、人間教育に重きを置きました。

高校は、この先の人生を生きるための基盤を固める時期です。知育、徳育、体育のバランスが大切です。

特に、徳育では「挨拶」「返事」「後始末」を身につけさせるように、気を配りました。生徒の普段の生活を改善するのです。

生徒が変われば、教師の雰囲気も「自分たちも甘えてはいられない」と変わります。

そうして近所の評判が良くなれば、学校に生徒も部員も集まります。実績もついてくる。

「ここの高校はこんなに活躍しているんだ」。学校が地域の誇りとなり、認められるようになるのです。

【プロフィル】小嶺忠敏

こみね・ただとし 昭和20年、長崎県堂崎村(現・南島原市)生まれ。43年、大阪商業大を卒業し、島原商高に赴任した。59年に国見高に赴任。平成12年から同校校長となった。18年に退職後、V・ファーレン長崎の社長を務める。23年、長崎総合科学大付属高校で指導を始める。現在は同大教授。昭和63年には「長崎県民栄誉賞」を受けた。平成5(1993)年のU-17世界選手権では、日本代表チームをベスト8に導く。

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