大阪ミナミの顔復元へ-旧・新歌舞伎座正面部分が「ベルコ」のホテル低層部に 「新旧の調和のとれた建物となるように…」 

大阪ミナミの顔復元へ-旧・新歌舞伎座正面部分が「ベルコ」のホテル低層部に 「新旧の調和のとれた建物となるように…」 
大阪ミナミの顔復元へ-旧・新歌舞伎座正面部分が「ベルコ」のホテル低層部に 「新旧の調和のとれた建物となるように…」 
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 平成21年に老朽化のため閉館し解体された旧・新歌舞伎座(大阪市中央区)の正面部分が、跡地に建設中のホテルの低層部に完全復元される。半世紀以上にわたりミナミを見守ってきた旧・新歌舞伎座は、日本を代表する建築家、村野藤吾の代表作。景観保全への意識が高まる中、デザインの継承を求める住民の要望に施主側が応え、ミナミの顔がよみがえる。(渡部圭介)

 旧・新歌舞伎座は昭和33年に開業。二条城(京都市)などを参考にしたとされる独創的な桃山調のデザインが特徴。屋根中央に大きな三角形の千鳥破風(ちどりはふ)を配し、大阪のメーンストリートの御堂筋に面した正面の壁面には、通常は一つだけ取り付ける丸みを帯びた唐(から)破風が、連続して全面に施されていた。

 ミナミを象徴する建物として親しまれたが、老朽化に伴って平成21年に閉館。翌年、東へ約2キロ離れた複合ビル「上本町YUFURA」(大阪市天王寺区)内に新しい新歌舞伎座が完成し、跡地は24年、大阪市内でホテル事業を模索していた冠婚葬祭大手の「ベルコ」(大阪府池田市)に売却された。

 同社によると、地元説明会などの場で、住民らから景観保全のために建物の保存を求める声もあったが、老朽化が著しいため保存は危険と判断。いったんすべて取り壊すものの、正面玄関側を作り直してホテルの低層部に組み込むことにした。

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