鑑賞眼

国立劇場歌舞伎鑑賞教室 鬼一法眼三略巻の四段目「一條大蔵譚」 尾上菊之助、弛みの中に緊張と気品

 6月に続いて、今年2度目の「歌舞伎鑑賞教室」。

 今月は、義太夫狂言の傑作「鬼一法眼三略巻(きいちほうげんさんりゃくのまき)」からもっとも人気が高い四段目「一條大蔵譚(いちじょうおおくらものがたり)」を取り上げた。平家にあらずんば人にあらずの時代。公家ながら平氏統治で要職を務める大蔵卿(尾上(おのえ)菊之助)は、源氏の血筋を隠し、作り阿呆(あほう)を装い舞、狂言に興じ、政治には無関心を決め込んでいる。義経ら子供たちを助けるため平清盛の側室となり、今は大蔵卿の妻となっている常盤御前(中村梅枝(ばいし))も同じ。楊弓にふける日々。そこへ源氏再興を願う忠臣、吉岡鬼次郎(坂東彦三郎)と女房お京(尾上右近)が現れる…。

 悲願達成のためにだましだまされつつ雌伏の人生を送る大蔵卿の阿呆ぶりと、ちらっと見せる正気の本性の見え隠れが俳優の個性で楽しませる。初役で大蔵卿に挑んだ菊之助は、同役を得意とする実父(尾上菊五郎)と岳父(中村吉右衛門)の公演でお京と鬼次郎を複数回経験した解釈が生き、大仰な阿呆ぶりを控えた力まぬ作りでいい。弛みの中にも緊張と気品が貼り付く。今回は、岳父が監修者として名を連ね、吉右衛門型を踏襲。「檜垣茶屋」も緩み過ぎず、「奥殿」での本性発露もきっちり納得させる。梅枝も常盤の緩急変わり目をせりふで見せた。彦三郎の凜とした口跡が忠臣にかない、右近も強過ぎるほどに武人の妻を演じた。前段に坂東亀蔵解説の「歌舞伎のみかた」が付く。24日まで、東京・半蔵門の国立劇場。(劇評家 石井啓夫)

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