一筆多論

もうひとつの介護離職 佐藤好美

 気管切開や在宅酸素療法、頻繁なたんの吸引など、医療的ケアの必要な子供への訪問診療に同行したことがある。

 子供の訪問診療にやっと巡り合えた家庭では、少女の母親が「先生が家に来てくれるなんて夢のよう」と言った。高齢者への訪問診療は今や珍しくないが、子供への訪問診療は少ない。環境の差に胸をつかれた。

 医療の進歩で、難病を抱えて生まれたり、小さく生まれたりした子供たちの命を救えるようになった。だが、子供がNICU(新生児集中治療室)などを出た後のサービスは薄い。

 東京都世田谷区の国立成育医療研究センターに「もみじの家」がある。他では断られてしまう重度障害の子供を数日預かり、遊びや学びを提供する。楽器の演奏やペインティング、絵本の朗読など。子供は、日々のケアに追われる家族には提供できないような刺激的な時間を過ごし、豊かな表情を見せる。遊びや学びが子供を育てるのは、障害があっても変わらない。

 重い病気の子供と家族を、社会で支えていこうとの理念に共鳴し、NHKのアナウンサーだった内多勝康さんは、同所のハウスマネジャーに転身した。その内多さんが、「母親たちには職場復帰問題がある」という。もみじの家のような、宿泊を伴う預かりの場所だけでなく、子供を日々預かる場所も増えていかないと、母親の生活は介護に縛られてしまう。

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