【追悼・上田利治さん(上)】常勝・阪急の土台づくりの秘密とは… 監督自ら渡米し選手獲得(3/6ページ) - 産経ニュース

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追悼・上田利治さん(上)

常勝・阪急の土台づくりの秘密とは… 監督自ら渡米し選手獲得

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 記者が取材した上田さんのインタビューは次の記事となった。

 プロ野球80年 レジェンドたちの証言 上田利治氏 悲願の打倒巨人「思い強かった」

 □1976年11月2日、阪急日本一 3連勝から3連敗「気の緩み出た」

 《1976年のパ・リーグは上田利治さん(77)率いる阪急(現オリックス)が連覇し、日本シリーズでは前年の最下位から優勝を遂げた長嶋・巨人と対戦した。前任の西本幸雄監督時代、V9の巨人に5度挑んで敗れていた。3連勝したあとに3連敗、勝負は第7戦にもつれ込む》

 --シリーズはどんな気持ちで臨んだ

 「71年から阪急でコーチをしていたが、『巨人とは5度やってダメだった』と悔しがる選手はたくさん残っていた。前年に初の日本一はつかんでいたが、どうしても巨人を倒したいとの思いは強かった」

 --第1戦から3連勝で一気に王手をかけた

 「1番の福本(豊)から8番の大橋(穣)まで、ほぼ不動のオーダー。よほど大きな故障がなければいけると思った。だが『あと1つや』と、どこかに気の緩みが出たのかもしれない」

 《第4戦は逆転負け、第5戦は中2日の山田久志が不安定な投球で四回に4失点したのが響き、逆転できないまま連敗。舞台は敵地の後楽園球場に移された》