産経抄

普段着のテロリスト 6月6日

 ロンドン橋といえば、英国の伝承童謡「マザー・グース」の「ロンドン橋落ちた」を思い浮かべる人が多いだろう。18世紀の初めから歌われ始めたらしい。橋そのものは古代ローマの時代からあった。

 ▼それから2000年間、姿形を変えながらもほぼ同じ場所に架かっている。「ロンドン橋の歴史は、いうなれば、ロンドンの歴史そのもの」と、英文学者の出口保夫さんはいう(『ロンドン橋物語』)。

 ▼明るい歴史ばかりではない。橋は多くの人々の死も目撃してきた。出口さんによると、橋門が大逆罪を犯した者の首をさらす場所として、使われた時代もある。『ユートピア』の作者として知られるトマス・モアもヘンリー8世の怒りを買い、処刑されて首が置かれた。疫病や大火がロンドンを襲うと、テムズ川にはおびただしい死体が浮かんだ。

 ▼その橋が、凄惨(せいさん)なテロの現場となった。3日夜、白いバンが暴走して歩行者を次々にはねた。車を降りた男3人は、ナイフで無差別に人々を襲い、7人が死亡した。警察に射殺された男たちは、「アラー(神)のためだ」などと叫んでいたという。過激組織「イスラム国」(IS)の系列メディアが、犯行声明を出している。

 ▼〈普段着で人を殺すなバスジャックせし少年のひらひらのシャツ〉。歌人の栗木京子さんが、平成12年5月に起きた西鉄バスジャック事件について、怒りをこめて詠んでいる。

 ▼ロンドンのテロで使われた凶器は爆弾や銃ではなく、誰でも容易に調達できる車両やナイフだった。このように「普段着で人を殺す」テロが、欧州各地で相次いでいる。多額の資金や人手を必要としないため、治安当局にとって、事前に察知するのがかえって難しい。新たなテロの脅威である。

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