国家を哲学する 施光恒の一筆両断

「仕合わせ」な改革を

 先日の日本経済新聞に興味深い記事が掲載されていました。「『熱意ある社員』 6%のみ 日本132位、米ギャラップ調査」という見出しの記事(電子版、5月26日付)です。ギャラップ社が各国の企業を対象に実施した従業員のエンゲージメント(仕事への熱意の度合い)に関する調査によれば、日本には「熱意あふれる社員」の割合が6%しかいないことが判明したそうです。米国の32%と比べ著しく低く、調査した139カ国中132位と最下位クラスだったそうです。

 かつては「モーレツ社員」「会社人間」などと称され、日本人の仕事への動機付けや会社への帰属意識の高さは世界的によく知られていました。私が学生だった1980年代末から90年代初頭にかけても、ドリンク剤の広告には「24時間戦えますか」「くやしいけれど、仕事が好き」などの宣伝文句が踊っていました。ここ二十余年の間に日本人ビジネスマンの動機付けは、大幅に低下してしまいました。

 理由は何でしょうか。ギャラップ社の米国人幹部は、日本人の若者の気質が以前よりも個人主義的になったからではないかという趣旨のことを述べています。私は、そうではなく、日本の経済の仕組みが大きく変わったことに主な原因があると考えます。90年代後半から本格化した構造改革の結果、日本経済の仕組みは、「日本型経営」「日本型資本主義」から、すっかりアングロサクソン型(米英型)に変化してしまいました。これは、米国や英国の人々のやる気は引き出せても、多くの日本人の気質には合わないのです。

 日本企業の強みは組織力だとかつて言われていました。経済学者の中谷巌氏は、近年の相次ぐ構造改革のため、これが失われてしまったと指摘しています。中谷氏は印象的な例をあげています。最近の職場ではボーナスの話は半ばタブーというところが少なくありません。ひと昔前は、ボーナス支給時には額が多ければ職場の皆で喜び、悪ければ来期の挽回を誓い合いました。ですが現在の日本企業では、雇用制度改革の結果、正社員は一部に止まり、多くは派遣社員やアルバイトなど非正規雇用の人々です。ボーナスが支給される従業員は職場のごく一部であり、ボーナスの話を大っぴらにはしにくいのです。これでは職場の一体感など生まれようがありません。組織力の発揮など夢のまた夢なのです。

 作家の玄侑宗久氏によれば、日本語の「幸せ」の語源は「仕合わせ」だそうです。人々が互いに行為をすり合わせ、調和的関係を築き、協力する喜びを表しているとのことです。日本人は、人と人とのつながりの中でこそ、大きな充実感や活力を得ることができるのです。この感覚は今の若い人も含め多くの日本人が共有していると思います。例えば、日本人の多くは、若い人も含め、駅伝中継を見るのが好きです。マラソン中継を見て感激のあまり泣く人はさほどおりませんが、駅伝をみて泣く人は今でも決して少なくありません。

 現在は、深刻な人手不足が言われる時代です。だからこそ、日本人のやる気を最大限引き出し、仕事の充実感を感じられる制度を再構築すべきです。アングロサクソン型にやみくもに従う「改革」はもう願い下げですが、日本人のやる気や底力を真に引き出す制度を求めての改革であれば、ぜひ進めていきたいものです。

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【プロフィル】施 光恒

 せ・てるひさ 昭和46年、福岡市生まれ、福岡県立修猷館高校、慶應義塾大法学部卒。英シェフィールド大修士課程修了。慶應義塾大大学院法学研究科博士課程修了。法学博士。現在は九州大大学院比較社会文化研究院准教授。専攻は政治哲学、政治理論。近著に『英語化は愚民化』(集英社新書)。

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