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優雅なイメージの平安貴族、実はかなりブラックな労働環境だった?

 なるほど、大貴族は優雅な生活を送れていたようだ。では、そのほかの貴族は?

 「今回は実務を担当する中下級貴族を例にしましょう。中下級貴族は、天皇をはじめとする皇族の安全を守る仕事を任される場合もあり、頻繁に夜勤をつとめていました。右大臣(現代でいえば副総理・官房長官に相当する高官)であった藤原実資(957〜1046)が記した日記(『小右記』)には、中下級貴族の怠慢を処罰する記事がありますが、それによるとひと月に日勤15日、夜勤5日が勤務日数の最低ラインだったようです。また、重要な会議がしばしば夜間に開かれるために、警護を担当する中下級貴族の勤務時間も不規則でした。合計すると、実質勤務時間は7時間〜12時間ほどと考えられます」

 ひと月最低20日勤務、夜勤もあって1日12時間労働もあり得るというのは、けっこうブラックかも…。人によっては過酷な労働環境だったわけだ。

長期休暇は農作業のため

 「そして平安貴族は現代人と違い、公務以外で仕事が多くありました。特に重要なのが農業です。現代国家の法典に相当する『大宝律令 仮寧令』には、貴族の休暇について規定が記されていますが、田植えで忙しい5月・8月は長期休暇が貴族に与えられています。休暇といっても貴族たちは農作業をしなければなりません。平安朝にはトラクターや殺虫剤や肥料がないので、農作業は相当な重労働だったでしょう。朝廷に勤務していたほうがまだ楽かもしれません。そして肉体労働時間が短い大貴族も、規定勤務時間以外では皇族のお世話や、公務に関する具体的な指示などをしていました」

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