但馬国府の新たな役所跡 日高・祢布ヶ森遺跡「想定より広かった」

発掘調査で見つかった建物跡。6棟あり、但馬国府の関連施設とみられる=豊岡市日高町
発掘調査で見つかった建物跡。6棟あり、但馬国府の関連施設とみられる=豊岡市日高町

 豊岡市教委は22日、同市日高町岩中の祢布ヶ森遺跡で、平安時代の但馬国府に関連した国衙(役所)とみられる複数の建物跡が見つかったと発表した。これまでの同国府の想定範囲より外側に位置しており、同市教委は「但馬国の国府の規模が大きかったことを示す貴重な遺構」としている。

 同遺跡第50次調査で、民間開発に伴い、田んぼ約450平方メートルを発掘。同市教委によると、掘立柱の柱穴跡が計39個見つかり、最大で縦4・8メートル、横約5・4メートルの建物跡6棟とわかった。柱穴は「尺」(約30センチ)を単位に等間隔にあり、一定方向に正確に並べられていたため、当時の規格で建てられた役所の可能性が高いとした。

 文献などから平安初期の804年に移設された同国府は同遺跡調査で、同市日高庁舎付近の約200メートル四方が範囲と推定されていた。今回はその南端から約200メートル南の場所にあたり、同時代の土器など約200点も出土。役人が儀式などに使ったらしい食器類が大半で、墨書土器も含まれていた。文字は判読できていない。

 同市教委文化財室は「規模の広がりは国府としての機能の大きさも物語り、注目できる」とし、今後、近くの市立歴史博物館で調査内容を公開する予定だ。

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