浪速風

チャンピオンの権威がない

20日の試合後、健闘をたたえ合う村田(左)とエンダム。村田敗北とした判定の波紋は、海外にも及んだ
20日の試合後、健闘をたたえ合う村田(左)とエンダム。村田敗北とした判定の波紋は、海外にも及んだ

「ここに暴れ馬がいる。その足元をすばやく通り抜ける事は名人のする芸ではない。絶対に身を危険な状態にさらさない。これが真の名人である」。白井義男さんはこの言葉でボクシングに開眼した。それまでの体当たり戦法から、打って離れ、離れては打つヒット・アンド・アウェーを身につけた。

▶日本人初の世界チャンピオンになったのは昭和27(1952)年5月19日である。あれから65年、ロンドン五輪金メダリストの村田諒太選手は、暴れ馬のように闇雲に拳を振るう相手を冷静にあしらい、的確にパンチをヒットした。ダウンも奪った。観客もテレビの前でも、誰も勝利を疑わなかった。

▶「公正な採点を下すことができないスポーツに怒りと不満を覚える」とは、王座を認定するWBA(世界ボクシング協会)会長のコメントである。白井さんの当時は8階級8人のチャンピオンしかいなかった。4団体が乱立する現在、不可解な判定で権威がまた低下する。