この小説の一番の魅力は緻密な構成にある。現在の不可解な会話から始まり、過去について、ひとつふたつと語られるたびに、現在が新たな様相を帯びてくる。人形の中から人形が出てくるマトリョーシカのようだ。
瑞々(みずみず)しい恋愛の悲しみがある。喪失感に打ちのめされる男がいる。猜疑心(さいぎしん)に苦しめられる人生もある。そしてそれらを貫き、月の満ち欠けのように繰り返す、愛の引力がある。黛ジュンもデュポンも深い意味のあったことがわかってくる。
〈ああ、面白かった〉と本を閉じた数時間後、あなたは自分の身近な人に思いをはせることになるだろう。(岩波書店・1600円+税)
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【プロフィル】上原隆
うえはら・たかし 昭和24年、横浜市出身。人生の断面を温かく描き出す独自のノンフィクション・コラムで知られる。