百五十回忌の近藤勇 首は「会津埋葬」最有力? 愛刀のメモ調査、歴史館も支持

 幕末維新史に詳しい花園大学の松田隆行教授は「歴史学の観点では、近藤の首がどこにあるかは関心が薄く、民間の研究とは史料の評価も異なるので断定的なことは言えない」と冷静な見方だ。ただ、権さんは「日本人特有の『忠義』を表す一つのエピソード。研究家や歴史ファンらは確証高い説を望んでおり、その一角を提示できたのではないか」と話している。

 ■近藤勇 文久3(1863)年に京都で結成された浪士隊に土方歳三、沖田総司らと参加。同隊の一部が京都の治安維持を担う新選組となり、後に近藤が局長に。幕臣として参加した慶応4(1868)年の戊辰戦争で新政府軍に敗北し、東京・板橋で斬首された。首の埋葬地は最有力の京都説、会津説のほか、愛知説、山形説などもある。

会員限定記事会員サービス詳細