【沖縄返還45周年】「祖国復帰」の純粋な思いはどこへ… 返還運動に奔走した県民らは激化する「反政府」に嘆き(1/2ページ) - 産経ニュース

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沖縄返還45周年

「祖国復帰」の純粋な思いはどこへ… 返還運動に奔走した県民らは激化する「反政府」に嘆き

【沖縄返還45周年】「祖国復帰」の純粋な思いはどこへ… 返還運動に奔走した県民らは激化する「反政府」に嘆き
【沖縄返還45周年】「祖国復帰」の純粋な思いはどこへ… 返還運動に奔走した県民らは激化する「反政府」に嘆き
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 沖縄の日本返還(昭和47年)から15日で45年を迎えるのを前に、沖縄では共産党や労働組合などが中心になった反基地運動が激しさを増し、「沖縄VS本土」「沖縄VS政府」の対立構図が強まっている。この現状に、かつて「祖国復帰」を目指して返還運動に心血を注いだ県民らは悔しさをかみしめていた。

 「祖国復帰の純粋な思いは、はるかかなたに行ってしまった」。昭和30年代、復帰推進運動に参加した那覇市の崎山用豊氏(80)はそう嘆いた。

 当時、教師だった崎山氏は沖縄教職員会のブラスバンド隊の一員として、トラックの荷台に乗って島内を回り、「友よ仰げ 日の丸の旗」と教職員会の愛唱歌を歌った。

 だが、40年代に入ると社会、共産両党などが米軍全面撤退を含めた「即時・無条件・全面返還」という非現実的な要求を始め、安保闘争を主導した活動家の一部も沖縄入りした。復帰推進運動は「反米・反政府」運動に変節した。47年5月の正式返還後も左傾化した運動は続いている。

 特に、米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古移設に反対を唱える翁長雄志知事が平成26年12月に就任してからは、反対運動はさらに過激化した。崎山氏は悔しがる。