産経抄

市に虎ありネットにデマあり 5月10日

 「そばを食べるとあたって死ぬ」。1813(文化10)年の4月ごろから、江戸市中にこんな風評が広がった。前年洪水の被害を受けた綿畑で収穫されたそば粉が出回り、それが中毒の原因である。風評には、もっともらしい理由まで付いていた。

 ▼江戸っ子はそばを敬遠するようになり、そば屋の多くが休業を余儀なくされた。奉行所の取り締まりによって、ようやく終息に向かったようだ。経済史家の鈴木浩三さんによると、「江戸時代は、浮説、虚説、噂、取り沙汰、風説などが渦巻く時代だった」(『江戸の風評被害』筑摩選書)。

 ▼今の日本も変わらない。インターネットによって、渦巻きのスピードが格段に速くなっているだけである。ネットでは最近、福島県浪江町で起きた山火事をめぐるデマ情報が拡散している。

 ▼東京電力福島第1原発事故で放出された放射性物質が、火災によって飛散したというのだ。健康不安をあおる、誤った情報も飛び交っている。福島県では、周辺の放射線量に異常がない事実をホームページに発表するなど、対応に追われている。もっとも、救いもあった。ネットには、デマ情報を否定する書き込みも相次いだ。放射性物質飛散の可能性に言及した地方紙のコラムは、批判を受けて陳謝した。

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