都市を生きる建築(94)

「商売・文化の発信地」の気概伝える「三木楽器開成館」

【都市を生きる建築(94)】「商売・文化の発信地」の気概伝える「三木楽器開成館」
【都市を生きる建築(94)】「商売・文化の発信地」の気概伝える「三木楽器開成館」
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 江戸時代から大阪随一の繁華街としてにぎわった心斎橋筋には、時代の先端をゆく建築が建てられてきた。しかし時流の波に乗り続けなければならない消費の街の宿命か、村野藤吾のそごう百貨店や喫茶プランタンも、ヴォーリズの大丸心斎橋も、そして大阪のバブル期を象徴した高松伸設計のキリンプラザも、老朽化などを理由に姿を消した。心斎橋筋は単なる商店街ではなく、大阪の優れた文化の発信地でもあったのだが、今は外国人観光客から外貨を吸い取り続ける長大なチューブのようになってしまって、心斎橋のこれからを考えると、不安を感じるところではある。

 そんな心斎橋筋にあって、今も歴史的建築を大事に使い、商売と文化の発信を両立し続ける店もある。長堀通から北に上がって北久宝寺町にある、三木楽器開成館だ。ちょうど御堂筋の難波別院(南御堂)のあたりに位置するが、かつて大阪商人にとっては、御堂さんを拝む場所に店を構えることが、これ以上ないステータスだった。

 今はもうその面影を見いだすことは難しいが、心斎橋(長堀通)の北側は、江戸時代から書物を扱う店の集まるエリアだった。現在は国内大手の楽器店として知られる三木楽器も、当初は貸本を扱う商家として、1825(文政8)年にその歴史をスタートしている。その後新刊本の販売や出版事業へと領域を開拓し、唱歌集がベストセラーになるなど音楽に縁があったこともあって、1888(明治21)年から国産オルガンを、その翌年からは国産のバイオリンを扱うようになる。