親子2代の栄誉、手彫りの鬼師 黄綬褒章 山口鬼瓦店・山口茂代表(64) 群馬

 政府は春の褒章受章者を29日付で発表した。県内からは黄綬褒章6人、藍綬褒章10人の計16人が受章する。このうち、黄綬褒章に輝いた鬼瓦を製造する「山口鬼瓦店」の山口茂代表(64)=藤岡市藤岡=に、喜びの声を聞いた。 

 泥から鬼を生み出す「鬼瓦職人」の家に生まれ、職人に混ざり、作業場で育った。初めて彫った鬼瓦は観光たばこにデザインされ、今も大切にしている。

 先代の喜代蔵さん(故人)と親子2代続けての栄誉を喜ぶが、「やり手が少なくなってきている」と「鬼師」の減少を憂う。

 大量生産が主流の現代、手彫りの鬼師は全国でわずか7人だ。「鬼に合わせる仕事が当たり前」と言われた時代は去り、瓦産業でにぎわった藤岡も様変わり。「まだ手で彫れるんですか?」と真顔で聞かれることもある。

 伝統の江戸瓦が山口家のルーツで、明治初頭に東京府北葛飾郡中ノ郷瓦町(現在の東京都墨田区)出身の永岡文次郎の次男、菊次郎が藤岡の山口家へ婿入り。以来、150年近く技が受け継がれ、山口家の鬼が全国でにらみをきかす。喜代蔵さんが他界した平成元年、茂さんは5代目当主になった。

 全国で江戸瓦の伝統を受け継ぐのは茂さんただ一人。土の配分にもこだわり、地元の良質な関東ローム層と粘り気のある埼玉県深谷市の土を混ぜる。ガス窯は使わず薪を使う通称「だるま窯」で焼き上げることで鬼は銀色に輝く。

 母の美寿(みちじゅ)さん(92)は「(ガスとは)色が違うのさ」。薪の炭素が煙に混じる、燻(いぶ)しで色が変わり、瓦の表面に膨らみを持たせる。「本来、土は生きてる。だから暴れる」(山口さん)。

 鬼師として初めて「現代の名工」に選ばれた父は徳川家の菩薩寺「増上寺」(東京都港区)の巨大鬼瓦を手がけるなど、確かな技で鳴らした。その背中を追った。

 喜代蔵さんが心筋梗塞(こうそく)で倒れた際、光徳寺(藤岡市)での仕事を引き継いだが、父と同じ技量が求められ「一度は逃げだそうかと思った」。原寸大の設計図を病床で広げ、喜代蔵さんに教えを請うも「自分で苦しんで自分のものにしろ」と突き放された。必死に食らいついた結果、できに満足がいった。美寿さんいわく「せがれも同じ仕事ができると周囲から評価された」。全国の文化財を相手にし、24年には自身も「現代の名工」に選出、父に一歩近づいた。

 時代の変化で需要が減る中、「既製品に収まらないものすべてが俺の仕事」と意気込み、表札や家紋の製作も始めた。谷垣禎一・前自民党幹事長ら大物政治家の表札を手がけるなど評判もいい。

 仕事がないときは、コンビニエンスストアでアルバイトもした。この先、どうなるか分からない。鬼に相談してみようか-。それでも、「注文があれば、何でも作っていく」。胸の奧に灯る、もの作りの火種は消えていない。

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