「玉座をもって胸壁となすことなかれ」
憲政の神様、尾崎行雄が大正2年に残したこの言葉こそが、天皇陛下の譲位をめぐる議論のあり方の正鵠を射ている。胸壁とは、胸の高さに築いた矢防ぎの壁やとりでのことだ。尾崎は、われこそ天皇の意を体しているとばかりに、天皇の権威を利用してかさにかかるやり方を強く戒めたのである。
明治憲法下でもそうだった。まして現行憲法は「天皇は国政に関する権能を有しない」と定める。安倍晋三首相も1月26日の衆院予算委員会で、尾崎の言葉を引いてこう訴えている。
「国会の議論の場で、天皇陛下のお言葉を引用することについては非常に慎重でなければならない。それはまさに、玉座を胸壁となすことにつながっていく」
その意味で、政府の有識者会議が21日、安倍首相に提出した最終報告は一定の評価ができる。
昨年8月に、天皇陛下が表明された譲位の意向がにじむ「お気持ち」をくみ、陛下の譲位後の立場や称号などについて皇室の長い歴史を踏まえた上で冷静にまとめている。憲法と国民世論の双方をにらみつつ、一つの結論を出すのは綱渡りのような作業だったろう。
議論の過程では、天皇陛下のお言葉をもっと直接的に取り入れるよう求める民進党から「陛下の言葉と全く違う検討をしている」(野田佳彦幹事長)、「何の権限もない有識者会議が勝手に方向性を出す」(細野豪志前代表代行)などと攻撃にさらされもした。