平成30年史 JRの歩んだ道編(4)

新幹線技術「中国移転は失敗」 いまや日本のライバルに

 中国もインドネシア高速鉄道の建設は遅々として進んでおらず万全とはいえない。国策として採算度外視で臨む姿勢にはリスクもある。

 「日本の流儀を押し通さず、現地ニーズにカスタマイズすることが肝心だ」

 JR西日本の社外取締役も務めた工学院大特任教授の曽根悟はそう指摘する。

共助薄れ「分割」は「分断」に

 4年前の平成25年1月、東京・霞が関の国土交通省。国会議事堂を望む大臣官房フロアの一室で、事務方ナンバー2の国土交通審議官、本田勝が一人の男に頭を下げた。

 「JR貨物の経営基盤を固めるため、力を貸していただきたい」

 相手は公益財団法人がん研究会常務理事の石田忠正。日本郵船副社長から日本貨物航空の社長に転じ、黒字化を達成した物流のプロだ。その手腕はがん研でも発揮され、長年の赤字経営を立て直していた。

 JR未上場会社の全株式は国が保有し、人事には政府の意向が働く。本田は「29年4月の分割民営化30年を念頭に、未上場4社の経営にもう一段のてこ入れをしたかった」と振り返る。

 JRの会長職に、生え抜きでも官僚でもない民間出身者が就くのは民営化の当初以来のことだった。