話の肖像画

前衛芸術家・篠原有司男(1) 時代が僕に追いついてきた

 活動を始めてから半世紀が過ぎ、ようやく時代が僕に追いついてきたのかもね。当時、日本の美術メディアや批評家からは無視されていた。それが今は欧米の美術館に認められている。おもしろいよね。

 〈2013年、妻で画家の乃り子氏との日常をつづったドキュメンタリー映画「キューティー&ボクサー」(ザッカリー・ハインザーリング監督)が公開され、翌年、米アカデミー賞長編ドキュメンタリー部門にノミネートされた。そこには家賃を滞納して生活に四苦八苦する意外な姿があった〉

 「美術をやるならアメリカしかない」と、1969年にロックフェラー三世基金の奨学金を得て渡米し、そのまま居ついてしまった。今も貧しいけど、当時はもっとひどかった。僕を紹介したアメリカのテレビ番組では「ニューヨークの貧乏芸術家の中で最も有名な人物だった」といわれた。確かに寒いときはキャンバスにくるまって寝ていたこともあった。食えないことが現実だったが、燃えていた。立ち向かっていくことが面白いんだよ。アルバイトはやったことがない。僕は器用じゃなかったから何もできない。レストランで働いたりして、ほかの仕事に手を出した連中はみんな美術界から消えていった。僕は横道にそれるのが怖かったんだ。(聞き手 渋沢和彦)

【プロフィル】篠原有司男

 しのはら・うしお 1932(昭和7)年、東京都生まれ。東京芸術大学絵画科に入学。大学中退後、60(昭和35)年に赤瀬川原平、荒川修作らと前衛芸術グループ「ネオ・ダダイズム・オルガナイザーズ」を結成。破天荒な活動で日本の美術界に衝撃を与えた。代表作の「ボクシング・ペインティング」や「イミテーション・アート」で一時代を築く。69年に渡米して以降、ニューヨークを拠点に活動。エネルギッシュな作品で国内外から高い評価を受けている現代美術の第一人者。

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