沖縄のジャンヌ・ダルクはかく語りき

我那覇真子さん「FBIのエージェントになりたかった」「沖縄は『保革伯仲』が真の姿」「実家近くをウロウロする人が…」

 --小さいころは何になりたかったんですか。

 「FBIのエージェントになりたかったんですよ」

 --ええっ、FBIですか。

 「それで英語を勉強したくて、名護高校にいたときにアメリカに交換留学に行ったんですが、どうも無理みたいで、諦めて帰ってきました。それで警察官を目指そうと思ったんですが、『女性は交通課のおまわりさんくらいしかなれないよ』と言われてしまって…」

 --今では公安の刑事さんも女性は結構いますよ。

 「知らなかったんです(笑)。高校は辞めてしまって、大検を受けて早稲田大の人間科学部に行きました」

 --大学では何をやっていたんですか。

 「高円宮杯全日本中学生英語弁論大会を主催する日本学生協会基金(JNSA)の運営委員をやっていました。学生は計40〜50人くらいいましたかね。私、レセプションの際、遠くから高円宮様を拝見したことがあるんですよ(嬉しそうに)」

 --大学を出てから地元に戻られたそうですね。

 「ええ。ダンスのインストラクターをしたり、子供たちに英語を教えたりしていました」

 その後、我那覇さんは平成25年、「危険な普天間飛行場の辺野古地先移設促進名護市民大会」で地元女性部の代表としてスピーチをしたことをきっかけに論壇活動をスタートさせる。

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