歴代愛好者の情熱を追体験 「絵巻マニア列伝」展 (2/3ページ) - 産経ニュース

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歴代愛好者の情熱を追体験 「絵巻マニア列伝」展 

 「病草紙(やまいのそうし)断簡 不眠の女」も、後白河院周辺で生まれたことが有力視されている。そもそも「病草紙」は、蓮華王院宝蔵に納められていた六道絵巻(「地獄草紙」「餓鬼草紙」など)のうち、人道(にんどう)の病の苦しみを表したものと推定されるとか。深夜にひとり、寝付けない女の寂しげな表情が何とも言えない。「病草紙は不眠に惰眠、肥満なども紹介していて、現代に通じるかも」と上野さん。

 鎌倉期の花園天皇(1297〜1348年)も、父から貸与された宝蔵絵に興奮し「予、幼年の時より絵を好むものなり」と日記に記した愛好家だ。彼の周辺で絵巻の第2次ブームを牽引(けんいん)したのが、代表作「春日権現験記絵(かすがごんげんげんきえ)」で知られる宮廷絵師、高階隆兼。「花園院のはからいで、隆兼は宝蔵コレクションを実際に見て研究させてもらったようです。古典を吸収し、後世の手本となる新しい様式(隆兼様式)を生み出しました」。唐時代の僧、玄奘三蔵が西域を旅する様子を色鮮やかに描いている「玄奘三蔵絵」も、隆兼が関与した作品とみられる。