夢を追う

ハウステンボス歌劇団トップスター、優雅さん(2)突っ走った宝塚への道

男役の後輩と写真に収まる優雅さん(中央)
男役の後輩と写真に収まる優雅さん(中央)

 《福岡市西区で生まれた。幼いころは引っ込み思案だった》

 おとなしい女の子でした。今とはギャップがあるかもしれません。心の中では人前で歌ったり踊ったりしたいんだけれども、緊張しがちでした。

 それでも小学生のころは、松田聖子さんらアイドルのものまねをしていました。マイケル・ジャクソンや米国の女優で歌手のライザ・ミネリにも、あこがれました。

 あるとき、福岡の劇団のミュージカルを見ました。最後に客席まで来て、歌い踊る姿があまりに印象的でした。あんなふうになりたい。子供心に決意したんです。

 《やがて、宝塚という運命と出会う》

 宝塚音楽学校を受験する子は、周囲にたくさんいたのですが、私には縁がないと思っていました。

 高校2年のとき、東京に住む母方の祖母を訪ねました。もともと祖母の生き方を尊敬していました。自分に厳しく、周りには優しい。その祖母に、東京宝塚劇場に連れて行ってもらいました。作品は『うたかたの恋』でした。

 星組のトップスター、紫苑(しおん)ゆうさんが主演でした。女性が、こんな男装の麗人になりきり、演じるのか…。衝撃でした。

 「宝塚の男役になるんだ」。そんな強い思いで、突っ走りました。宝塚音楽学校の受験資格は、あと1年しかありませんでした。バレエは下手でしたが、不思議と自信がありましたね。

 父が東京に転勤となり、バレエと歌のレッスンを1年間受け、試験に備えました。

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