話の肖像画

作曲家・すぎやまこういち(1)「ドラクエ」は僕のライフワーク

作曲家・すぎやまこういち氏(酒巻俊介撮影)
作曲家・すぎやまこういち氏(酒巻俊介撮影)

〈『恋のフーガ』や『花の首飾り』、『亜麻色の髪の乙女』…。往年の名曲を生み出した作曲家は、近年は人気ゲーム『ドラゴンクエスト』(ドラクエ)の作曲家としても親しまれている。昭和61年発売の第1作から音楽を担当し、現在も11作目の音楽を制作している〉

正直に言いまして、「ドラクエ」が始まったときは、30年以上も続くとは思っていませんでした。「I」「II」「III」の三部作で完結すると思いきや、今作っているのは「XI(11)」。30年以上も変わらず「ドラクエ」の音楽を作り続けることができ、光栄です。

テレビゲームに限らず、僕はゲーム全般が大好きなんです。子供の頃からマージャンや花札などで遊んでいたし、大人になってからはコンピューターゲームにもハマりました。「スペースインベーダー」(53年)の頃からプレーしてますからね。いわば、ゲームの大ベテランです。ドラクエも当然、全作品をプレーしていますが、最近は「XI」の作曲で忙しくて、あまりプレーできていないのが悩みですね。

〈昨年、30周年の節目を迎えた『ドラクエ』。すぎやまは『最高齢でゲーム音楽を作曲した作曲家』として、ギネス世界記録に認定された〉

これまでたくさんの曲を作ってきましたが、今の僕の音楽活動の中心には、「ドラクエ」がデンと座っています。もはや、僕のライフワークですね。

30年以上も曲を作り続けられているのは、やはり「ドラクエ」が大好きだからです。まず、純粋にゲームとして面白い。それに、「ドラクエ」の主人公はしゃべらず、名前もプレーヤー自身が決めます。いわば、主人公がプレーヤーの分身なんです。自分の目線でゲームを進められるのが魅力です。

〈そもそも、ゲームを好きになったきっかけは〉

東京大のマージャン部に所属し、後に厚生省などに務めた公務員の父と、東京女子医大出身の母の影響が大きいですね。2人ともゲームが大好きで、そもそも大学生のとき、マージャンがきっかけで知り合ったみたいですから。戦時中も、空襲のさなかに家族で、花札や「コントラクトブリッジ」(トランプゲームの一種)などをやっていました。部屋の電気にシェードをかけて、光を外に漏らさないようにしてね。僕はこういう環境で育ちましたので、大人になってからも古今東西の約300種類のゲームを収集するなど、ゲームへの思いは全く冷めていません。

僕は、ゲーム音楽の作曲は「ドラクエ1本に絞ろう」と考えていますが、もし「ドラクエ」に出合っていなかったとしても、別のゲームで作曲を手掛けていたと思います。その場合、ひょっとすると、(『ドラクエ』のライバルである)「ファイナルファンタジー」の音楽をやっていたかもしれませんね(笑)。(聞き手 本間英士)

【プロフィル】すぎやまこういち

昭和6年、東京都生まれ。東京大卒業後の31年、文化放送に入社し、33年には開局1年前のフジテレビに移籍。「ザ・ヒットパレード」や「新春かくし芸大会」などの人気番組を手掛けた。その一方で、作曲家としてザ・タイガースなどのヒット曲を手掛け、グループサウンズブームを支えた。40年の退社後は作曲活動に専念。CM曲や競馬のファンファーレ(東京・中山競馬場)などを作曲した。オーケストラの指揮者としても活動している。

 

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