浪速風

これが本当の日米決戦だ

日米野球の歴史は古く、1908(明治41)年に運動具メーカーのリーチ社による「リーチ・オール・アメリカン」が訪日したのが始まりである。早稲田、慶応、東京倶楽部などと試合をして、米国の17戦全勝だった。ボストン・ブレーブスの投手P・プラハティがわずか40分で完全試合を達成した。

▶沢村栄治の快投は球史に残る。34(昭和9)年11月20日、静岡・草薙球場。ベーブ・ルース、ルー・ゲーリッグら文字通りの全米オールスターを相手に1対0で敗れたが、強打者をなで斬った剛速球は語り種だ。この日米野球がきっかけとなって、日本にプロ野球が誕生した。

▶生みの親の正力松太郎は「いつの日か日米決戦で勝利を」と夢見た。2009年の第2回WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)では、日本が準決勝で米国を破って世界一になったが、大リーグはWBCにあまり積極的ではなく、有力選手は参加していない。今回の米国は本気だった。