逆転写酵素の働きを阻害できればウイルスの増殖を防げるかもしれないと思いついて、効果がありそうな化合物を次々に試してみました。感染させた免疫細胞に化合物を添加する。感染した細胞は普通3〜4日で死滅しますが、生き延びたら成功です。
ところがなかなかうまくいきません。6月には、しびれを切らしたブローダー博士が「もうやめようか」と言い出しました。でも絶対にやり抜きたかったので続けようと主張した。留学も2年目で、熊本大学から「そろそろ帰ってこい」と連絡がありましたが、「こっちに残りたい」と答えて辞めました。
〈ブローダー博士は研究のてこ入れのため、さまざまな製薬会社に共同研究を持ちかけた〉
他の病気用の薬剤がエイズにも有効かもしれないからです。85年2月に「S」というコードネームの薬が届き、実験してみると免疫細胞が生き延びた。これで状況が大きく変わりました。Sの正体はAZTで、64年に抗がん剤として作られたけれど、効果がなく忘れられていた。9月に臨床試験が始まって延命効果が確認され、87年4月1日に発売されました。発見から2年という異例のスピードでした。
僕はエイズの前に白血病を研究し、その発症に関わる免疫細胞を大量に培養していたから実験が行えた。白血病ウイルスも逆転写酵素を使うため知識を生かせた。当時、やれる人は僕だけだったんです。(聞き手 伊藤壽一郎)
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【プロフィル】満屋裕明
みつや・ひろあき 昭和25年8月、長崎県佐世保市生まれ。50年、熊本大学医学部卒。同大学助手を経て57年、世界最大の医学研究機関である米国立衛生研究所(NIH)に客員研究員として留学。59年からエイズ治療薬の研究に取り組み、4種類を開発。NIHに34年間在籍し、現職はレトロウイルス感染症部長。国内では国立国際医療研究センター研究所長、熊本大学特別招聘(しょうへい)教授を務める。日米を2週間ごとに行き来し、エイズ治療薬の第一人者として今も研究を続ける。