浪速風

裁判員の意味がない

平成22年11月に横浜地裁で言い渡された裁判員制度での初の死刑判決は、裁判長の異例の説示が話題になった。男性2人を殺害し、遺体を切断して遺棄した被告に「重大な結論なので、控訴を勧めたい」と言ったのだ。当時は、裁判員の心理的負担への配慮と解釈されたのだが。

▶大阪高裁で相次いで1審の死刑判決が破棄され、無期懲役に減刑された。男女2人が刺殺された大阪・心斎橋の通り魔と、神戸の小1女児殺害事件である。理由はどちらも「計画性が低い(認められない)」だった。先例を考慮し、職業裁判官が裁けばこうなるというのか。が、どうにも釈然としない。

▶女児は、ばらばらにされてポリ袋に入れられ雑木林に捨てられた。遺族ならずとも極刑は当然と思える。そもそも裁判員制度は国民の視点、感覚を反映させるためではなかったか。被害者が1人だから、犯行が計画的でないから…と過去のものさしを当てるだけなら、裁判員制度の意味はない。