平成30年史 大震災の時代

(5)「予知」との決別、踏み切れず 地震学の苦悩…態勢見直しに「東海地震」の呪縛

 「地震予知は可能だと思う」。53年の国の世論調査では、59%の人がそう答えた。

 その期待に冷や水を浴びせたのが、平成7年の阪神大震災だった。東海地震の裏をかかれる形で、無警戒だった活断層が動いた。国民に与えた衝撃は大きかった。阪神後の調査で「予知は可能」と答えた人は35%に急減した。

 8年になって、国は全国の活断層や海溝沿いで起きる地震について、発生確率などを算出し公表することを始める。「いつ起きるか」を目指す予知ではなく、「起きやすさ」を伝える防災情報の一大転換だったが、肝心の「東海予知」は温存された。なぜか。

 名古屋大教授(地震学)の山岡耕春氏(58)は「予知を廃止した瞬間に東海地震が起きたら、行政の責任問題になる。それでアンタッチャブルな状態で残ってきたのだろう」。

 山岡氏も東日本大震災の発生で「東海地震を含め確実な予知は難しいと改めて感じた」と話す一人だ。

■  ■  ■

 昨年2月、気象庁で開かれた東海地震の予知を目指す判定会の会合。地震予知情報課長を務めた吉田明夫氏(72)は、委員を退任するにあたって、こう訴えた。

 「プレート境界の滑り方は非常に多様。滑りが大きくなることだけに焦点を当てた現在の監視方法は考え直すべきだ」

 予知の責任者として前兆のシナリオ作りに携わった気象庁の元幹部自身が、現行の予知体制との決別を迫る。異例ともいえる発言だ。