書評

老学者の一徹、渾身の一撃 『ある在日朝鮮社会科学者の散策』朴庸坤著

 学者にとって、生涯をささげた研究が権力維持のために政治利用されることほど許し難い行為はないのだろう。

 著者は、北朝鮮の主体(チュチェ)思想研究の日本における第一人者。本来「博愛の世界観」を持つという思想は、ねじ曲げられ、金日成(キムイルソン)主席の絶対化・神格化に利用された。著者はこう書く。《(私も)ときには権力に迎合までした…私に残された仕事は、権力者に踏みにじられた主体思想・主体哲学を洗い直し、その純粋な思想の精髄を救い出すことではないのか》と。

 1927年生まれの著者は朝鮮大学校副学長や在日本朝鮮社会科学者協会会長などの要職を歴任した。本書では最も書きたかったであろう、この主体思想の問題に加えて、60年代に朝鮮総連(在日本朝鮮人総連合会)内で吹き荒れた激しい権力闘争の嵐、主体思想を体系化した黄長●(ファン・ジャンヨプ)朝鮮労働党書記の亡命事件(97年)などについての秘話が赤裸々に記されている。

 内部から見たその異常さ、すさまじさ。著者は妻が日本人というだけで離婚を迫られ、拒否したらついに朝大学長になれなかった。朝大では教養部が朝鮮労働党の疑似組織「学習組」を管轄し教職員の思想をチェック。やり玉に上がると執拗(しつよう)な総括が続けられ、殴る蹴るの暴行を受ける。著者もターゲットにされ自殺まで考えたという。

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