芸道、青春、恋愛
売れないお笑い芸人の輝きと挫折をつづった「火花」と同じく、「劇場」も表現者が主人公。演劇とは何か? をめぐる芸道小説として読んでもおもしろい。さらには、東京での成功を夢見ながらも挫折していく若者たちの苦い青春小説でもある。
それらを束ねるのは、やはり「僕」と沙希の痛切な恋物語だろう。
純粋で無垢(むく)な沙希は、「僕」を笑顔で受け入れる。いつでも「僕」を辛抱強く待ち続け、静かに見守ってくれる。2人でいることに解放感を抱く「僕」は、奔放に振る舞う。
読みどころは、時の流れとともに微妙に変わっていく2人の関係だ。
「僕」は沙希の優しさがかえって自らの劣等感を刺激するようにも感じ、ときに彼女につらく当たる。やがて、沙希から笑顔が消えていく。
沙希の優しさに甘え、身勝手にも映る「僕」の振る舞いの奥底には、拭いがたい不安と焦燥感がある。
演劇で芽が出ない「僕」と社会との間には、常に薄い膜のようなものがかかっていて視界は晴れない。近くにいる沙希の心の動きだって実はちゃんと見えていない。