漁業の町だ。三陸の海の恵みで栄えた。東北電力女川原発の立地町で財政的に恵まれているとはいえ、「海と共に生きる」方向性は復興の在り方として一目置かれている。
駅を中心に役場や病院、学校、商業施設を集めるコンパクトシティーを目指す。住宅も高台に集約する。復興のテンポも比較的速く、いつしか「復興のトップランナー」と呼ばれるようになった。
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37・0%減。
昨年10月に平成27年国勢調査の確定値が発表された。女川町の人口は6334人。震災前の22年からの減少率は全国の市町村の中でワースト2位だ。1位の福島県楢葉町は東京電力福島第1原発事故で一時全町避難した特殊事情があり、女川町が実質トップと言っていい。震災を通じて町民の3人に1人がいなくなった。
国立社会保障・人口問題研究所が25年に出した将来推計人口によると、女川町は2035年で6400人。現人口は既にそれを割り込んでいる。震災は、過疎の時計の針を10年近く一気に進めた。
平日のシーパルピア。
レンガ道は閑散としている。ハマテラスも空席が目立つ。
シーパルピアを管理する女川みらい創造によると、平日の人出は休日の3分の1から5分の1という。
女川町には震災後、総額1444億円の復興交付金が注ぎ込まれた。震災前の町の年間予算の24年分に匹敵する。国民が復興増税を受け入れ、手厚い財政措置が取られた。
だが、5年間の集中復興期間が終わり、復興予算は昨年度から縮小された。最終的には32年度で原則打ち切られる。それ以降は町は基本的に自力再建しなければならない。