台湾「2・28事件」から70年 社会の対立いまも 「真相究明、民主化の力に」

 自らが事件の遺族だと知ったのは45歳だった90年。87年に出始めた真相解明を求める動きに影響を受けた。父の最期を知り、母の自殺は「親類一同から関わりを避けられての孤独も一因だ」と考えるようになった。林さんは「外省人」が多い退役軍人についても、「まだ台湾にいるのか、中国に帰れ、と言いたい」と突き放した。

加害者証言なく

 財団法人「二二八事件紀念基金会」の2006年の報告書は、「長期に及ぶ政治への恐れと無関心を生み、経験者が絶対に事件を口にしないようになった」と記し、「外省人」と「本省人」という「族群(エスニック・グループ)の溝を深めた」としている。

 身の安全のため政治から距離を置く台湾人の心理は、1987年まで続く戒厳令と「白色テロ」と呼ばれる政治弾圧とともに、長く台湾の民主化を阻害する要因となった。族群の対立は、国民党と民主進歩党という現在の二大政党の背景になったといっても過言ではない。

 真相解明の動きが表れたのもここ30年のことだ。関連の公文書が初めて公開されたのは、本省人である李登輝総統の政権下の91年。民間の犠牲者への補償は95年に始まった。

 歴史的資料の保存と研究を担う「国史館」は23日、新たな史料集6冊を発刊。紀念基金会の薛化元董事長は、記者会見で「どれほどの公文書が発見されずにまだ残っているのか」とため息をついた。