父の教え

女優・榊原郁恵さん 皆さんに愛される人間に

【父の教え】女優・榊原郁恵さん 皆さんに愛される人間に
【父の教え】女優・榊原郁恵さん 皆さんに愛される人間に
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 女優の榊原郁恵さん(57)は今年、デビューから40年を迎えた。17歳での芸能界入りに家族は反対したが、陰で背中を押してくれたのが、父の善明さんだった。自身も親となり、亡くなった父の年齢も超えた今、郁恵さんは父の後ろ姿に思いをはせている。

 食事の姿勢を注意され、勉強で消しゴムのカスを多く出すとしかられた。大正生まれで、食品会社「味の素」に勤めていた善明さん。娘にとっては、いるだけで威厳のある怖い存在だったという。

 ただ、母いわく「子煩悩だったよ」。海や渓谷、港…。思い返せば、休日になると、よく遊びに連れて行ってもらった。神奈川県厚木市で、両親と娘2人の4人暮らし。「父とすれば、女3人の輪の中に入りたかったのかも」と想像する。

 高校に入学して間もない頃、児童劇団に応募したことがあった。両親は大反対。ただ、父は娘に正面から向き合ってくれた。「自分も芝居に興味があったから、気持ちは分からないでもない。でも、やるなら高校を出た後、きちんと芝居を学びなさい」。少しだけ理解を示した父に驚いた。

 ただ、それでも芸能界への憧れは消えなかった。昭和51年の第1回ホリプロタレントスカウトキャラバンに無断で応募し、グランプリを受賞。猛反対する母や姉を「子供の芽を摘むことはできない。親は応援していくしかない」と説得したのは父だった。

 「これは後になってから母に聞きました。もっとちゃんと、父と話すべきだったな」

 母によると、父は戦前、新聞記者として働いていた時期があり、カメラに強い興味を持っていたという。ただ、父がやっと購入したカメラを自身の父(祖父)に「身分不相応」と壊され、反発心から海軍に入隊。父は自身の経験を、娘に重ねていたのだろうか。

 芸能界に入ってからも、父は娘を支え続けた。会社帰りに所属事務所に立ち寄り、スタッフに菓子折りを届けたり、ファンレターの宛名を自ら書いたり。「寮暮らしが始まり、自立した気がしていた娘にとっては正直、うっとうしかった」。そんな娘に、父は「一人でできる仕事ではない。スタッフやファンの皆さんに愛される人間になりなさい」と諭したという。

 デビュー3年後の55年、父は心筋梗塞で急逝した。翌56年、転機となった主演ミュージカル「ピーター・パン」に挑戦した際は、「毎日、楽屋で父に手を合わせていました。すると、守ってもらっているような安心感があったんです」。

 芸能界の第一線で活躍しながら、俳優の渡辺徹さん(55)と結婚して2男を出産。長男の裕太さん(27)も俳優の道を進んだ。「親の心子知らずですね。子供の成長とともに、私も父の気持ちが分かってきた気がします」。気付けば、息子が進路を決める際、父と同じように、話し合いの時間を設けていた。「息子には疎ましがられています」と苦笑いするが、その思いはいつか、届く日が来ることだろう。(三品貴志)

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 ≪メッセージ≫

 人に支えてもらっていることへの感謝の気持ちを、最初に教えてもらいました。いつもありがとう。これからも頑張ります。

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【プロフィル】榊原善明

 さかきばら・よしあき 大正13年、名古屋市生まれ。戦時中は海軍に在籍。終戦直後には、復員輸送艦となった駆逐艦「雪風」に乗船していたという。終戦後の昭和23年、味の素に入社。55年、死去。

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【プロフィル】榊原郁恵

 さかきばら・いくえ 昭和34年、神奈川県生まれ。52年、芸能界デビュー。「夏のお嬢さん」などのヒット曲を持ち、主演ミュージカル「ピーター・パン」や数多くのドラマ、テレビ番組に出演。現在、テレビ朝日系ドラマ「奪い愛、冬」(金曜午後11時15分)に出演中。

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