坂東武士の系譜(8)

平将門 額射抜かれ、あっけない最期

 将門にはそっくりな影武者が7人おり、秀郷はどれが本物か分からずにいた。だが、将門の愛妾(あいしょう)、小宰相(こさいしょう)を誘惑し、「影武者は影が映らない。本人は鉄でできていて矢も通らないが、こめかみのところが生身」と聞き出し、見事こめかみを射抜いた。桔梗(ききょう)伝説では「こめかみが動くのは本人だけ」と本人と分身の見分け方を知り、将門を倒した。この情報を漏らしたのは将門の愛妾、桔梗御前。関東鉄道常総線稲戸井駅に近い国道294号沿いの桔梗塚(同県取手市)はその伝説の地。桔梗御前は追手の手にかかり、非業の死を遂げた。桔梗を植えても花が咲かない、植えてはいけないという「桔梗忌避」が言い伝えられている。

 伝説はともかく、あすにも将門が攻めてくるという恐怖におびえた京の貴族たちは窮地を脱した。武士を使って、武士の反乱を鎮圧させたのだ。坂東郷土館ミューズ(坂東市)の板垣隆館長は「自分たちではできないが、恩賞をちらつかせ、東国の武士をうまく使った巧妙さ、狡猾(こうかつ)さも持ち合わせていた。策略にたけた連中ではある」と説明する。将門にもしたたかさが求められたが、「計算ずくならこんな結果にはならなかった」(板垣さん)。

 国家を揺るがした反乱も、その鎮圧も、坂東武士の圧倒的な軍事力が可能にした。やがて、朝廷や貴族に操られず、政治を動かすことになる武士の力は、このとき既に芽生えていた。