都市を生きる建築(88)

住職設計、現代の要請に応えた「開かれた寺院」一心寺

【都市を生きる建築(88)】住職設計、現代の要請に応えた「開かれた寺院」一心寺
【都市を生きる建築(88)】住職設計、現代の要請に応えた「開かれた寺院」一心寺
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 大阪は奈良や京都と並ぶ仏教都市でもある。四天王寺から北へ、上町台地の西崖に沿って延びる一帯は、豊臣秀吉の時代から整備の始まった寺町で、甍(いらか)と坂道の織りなす風情ある街並みを形成している。その南端、天王寺公園に接する一心寺は、遺骨を集めて造られた仏像と、ユニークな建築群で知られた浄土宗の寺院だ。創建は1185(文治元)年に遡(さかのぼ)り、開祖法然上人がこの地を訪れて、上町台地の高台から西に沈む夕日を眺め、南無阿弥陀仏と唱(とな)えたことに由来するという。

 由緒ある寺院は第二次世界大戦の空襲でその殆(ほとん)どを焼失し、戦後徐々に再興されていくが、他の寺とは異なり、総檜(ひのき)造りの大本堂などに交じって、鉄とコンクリート、ガラスでできた現代建築が建てられていった。

 設計したのは前住職で、現在は長老の職にある高口恭行(やすゆき)氏。大学で建築を学んだ後、仏に仕えながら自ら設計事務所を設立、奈良女子大学で長らく教鞭(きょうべん)も執った異色の存在だ。現在、設計活動からは身を引いているが、大阪を代表する建築家の一人である。

 1977(昭和52)年に建設された大広間のあるコンクリート打放しの日想殿は、六角形の変わった形をした大屋根が、むき出しの鉄骨トラス構造で空中に持ち上げられている。参詣者を迎え入れる山門は1997(平成9)年の完成で、全面ガラスの屋根を通して、5メートルの高さをもつ青銅製の仁王像に陽光が注ぐ。