入門・日米戦争どっちが悪い(10)完

共産中国も北朝鮮も米国が作った ヤルタでスターリンに献上

米国はヤルタでソ連と不明朗な約束をし、それすらソ連に破られ、北方領土や千島列島、南樺太、朝鮮北部、満州、中国、東欧を共産主義者に引き渡したのです。そして、全体主義の人権抑圧国家が世界に広がりました。

全てささげたルーズベルト

ルーズベルトはどんな状況でヤルタ会談に臨んだのでしょうか。

米英ソ3首脳の初会談である1943年11月のテヘラン会談を前にルーズベルトは、元駐ソ大使のウィリアム・ブリットにこう述べました。

「私が見返りを求めずに、スターリンに渡すことのできるものを全て渡せば、彼はどこも併合しようとせず、私と一緒に世界の民主主義と平和のために働くだろう」

カトリックのニューヨーク大司教フランシス・スペルマンに対しては、第二次大戦が終われば、東欧のみならずフランスなど西欧諸国がソ連の影響下に入るとして、次のように述べています。

「欧州の人々は10年、20年先にロシア(ソ連)とうまくやっていけるという希望を持って、ロシアの支配に耐えなければならない」

ヤルタ会談でルーズベルトに同行し、助言した側近のアルジャー・ヒスはヴェノナ文書によるとソ連のスパイ。ハリー・ホプキンスもスパイの疑いが濃厚です。ヤルタ会談はスターリンの一人舞台でした。

会談の途中、ホプキンスはルーズベルトにそっとメモを渡しました。

「大統領閣下。ロシア(ソ連)はこの会談で随分譲歩してきたのですから、われわれは彼らの気持ちを傷つけるべきではありません」

実際には、スターリンはヤルタで何一つ譲歩しませんでした。

ソ連崩壊後も続く「ヤルタ」

この連載で見てきた通り、ごく大ざっぱな言い方をすると、米国は黒船の恫喝でわが国を開国させ、西部「開拓」の延長で太平洋に出て、日露戦争のわが国の勝利を見て対日戦想定のオレンジ計画を作り、中国大陸を狙うのにわが国が邪魔でした。

日本人を人間扱いせず、広島、長崎への原爆投下や東京大空襲などナチスのホロコーストと変わらぬ人道上の犯罪を行いました。硫黄島や沖縄に上陸し、わが国全土を占領し、「憲法」を押し付けました。これは「侵略」でした。

しかし、米国人が歴史の宿命として黒船-オレンジ計画-大東亜戦争と一直線にわが国を侵略したわけではありません。民主党のフランクリン・ルーズベルトという好戦的な大統領の存在に、わが国と米国、中国国民政府を戦わせるソ連の謀略が加わったからこそ日米戦争は起きました。

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