入門・日米戦争どっちが悪い(10)完

共産中国も北朝鮮も米国が作った ヤルタでスターリンに献上

日米開戦当初からソ連に対日参戦を求めていた米国はヤルタで、わが国や中国国民政府に無断でソ連とヤルタ秘密協定(ヤルタ密約)を結び、南樺太を返還し、千島列島を引き渡すことを条件に、ソ連がドイツ降伏後、2カ月または3カ月後に対日参戦することを取り決めました。また、わが国が持っていた大連、旅順、南満州鉄道の権益をソ連に与えました。

満州や朝鮮北部、南樺太、千島列島、北方領土への侵攻はこの密約を根拠に行われました。米国は共犯なのです。

わが国の降伏文書調印式が行われた9月2日、スターリンは国内向けメッセージで「1904年の日露戦争で日本は南樺太を奪い、千島列島に地歩を固めた」「わが国民は日本が粉砕され、(日露戦争敗北という)汚点が一掃される日を待っていた」などと述べました。

しかし、千島列島は日露戦争の前の1875(明治8)年の樺太・千島交換条約で平和的にわが国の領土になっていて、戦争とは全く関係ありません。そして、その「千島列島」は得撫(うるっぷ)島以北の島々と定められ、北方四島は含まれません。

ソ連軍もそのことを分かっていて、日本軍の武装解除のため千島列島を南下してきたソ連艦が得撫島沖で「ここから先は米軍の担当だから」と引き返し、米軍がいないことが分かると樺太からの別の部隊が北方四島を占拠しました。

南樺太は日露戦争の結果、わが国の領土になりましたが、ポーツマス条約という講和条約に基づいています。その条約はルーズベルトの親類の米大統領セオドア・ルーズベルトが仲介して結ばれたことを、ルーズベルトは忘れていたのでしょうか。

ソ連が侵攻した朝鮮北部には共産主義の北朝鮮が建国されました。

終戦後、中国で国民政府と共産党が争い始めると、米大統領ハリー・トルーマンの特使として共産主義に甘い元陸軍参謀総長のジョージ・マーシャルが派遣されました。マーシャルは今までさんざん肩入れしてきた国民政府を支援しませんでした。

ソ連は国民政府に対し、中国共産党を支援しないと約束しましたが、それを破り、満州でわが国から得た武器などを共産党軍に引き渡しました。

中国共産党は支那事変の間、わが国との戦闘から逃げ回っていただけなのに、米国のおかげで中華人民共和国を建国できました。